「8月にアップし忘れていました。記事、写真をお寄せ頂いたみなさん、ごめんなさい」
今年の夏も「平和のための戦争展」、「原爆展」が各地で取り組まれています。
戦後65年。
戦争体験、被爆体験を若い世代に継承していくのは、今を生きる私たちの責任です。
≪今年の原水禁世界大会に参加した若い世代の感想から≫
「我々の世代が継承者として語っていかなければ終ってしまうのだと、教訓を歴史から得なければまた過ちは繰り返されてしまうのだと。被爆体験を人類的体験にしないといけない。人類はこんな死に方をしてはいけない」-この言葉の一つ一つが聞き漏らしてはいけない大切な言葉に感じ、私たちのこれからの行動の責任を強く感じました。
私は、「餓島」と表記されたガナルカナル島に派遣されていました。戦況利にあらず、転進の命で、命からがら後ろの島へ舟を漕ぎました。全員、身体を起しているのも辛いほどに、空腹をじっと抱いていました。行く手に小さな島影が見えた時は、皆、涙を流して手を握り合いました。
舟が砂地に乗り上げた途端、いっせいに、と言ってもノロノロだったと思います。夢中でした。降り立った目の前には青い草が繁り、木の葉は風に凪いでいました。
蛇が身体をくねらせ、蟲も這い回っていました。
ものの30分も経ってでしょうか。あたりの緑はすっかり無くなり、蟲も姿を見せません。すべてが敗残日本兵たちの体内に消えてしまったのです。まさに、地獄絵とでも言える出来事でした。
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