3日の神戸憲法集会で、小森陽一氏は、
1954年ビキニ被曝直後の日本の原発導入に際して、
「核兵器=Nuclear wespon」にも関わらず、
「核=Nuclear」の製造工場が「核発電所」ではなく「原子力発電所」とされた
言葉のトラップを指摘しました。
今日になって、その指摘が、「瓦礫の中から言葉を」(辺見庸)の文章とリンクしました。
「…ことばを私たちがうばわれるのではなく、私たちがことばに見はなされるのです。
ことばの主体がすでにむなしいから、ことばのほうで耐えきれずに、
主体である私たちを見はなすのです。…」(石原吉郎「失語と沈黙のあいだ」)
という文章です。
「ことば」をトラップやトリックの道具としてしか利用しない権力者や、
「3.11」後もなお、
原発問題に自主規制を引いて「ことば」を発しようとしない巨大メディア。
すでに、「ことば」を失っているものどもに負けずに、
私たちが市民の「ことば」をもっと強く発していきたい。
「3.11」後の市民の「ことば」が「原発ゼロ」の日を迎えさせたのだから。
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